琉球の歴史

  • 2017.06.25 Sunday
  • 03:50



1609年薩摩の島津氏が琉球に侵攻した。1879年明治政府により琉球王国は解体させられ沖縄県となる。1931年満州事変。15年戦争が始まる。沖縄戦そして日本国敗戦を経て1945年占領による日本国からの切り離し。1951年トカラ列島、53年奄美ののち72年沖縄の返還。沖縄は日本国に再帰属した。



こんな本を読むと世界中から国家主義なんて無くなっちゃえばいいのにと思うよな。浜へ出て魚獲って暮らしてた島の生活を水平線の彼方からやってきたお侍や軍人たちがこれよりこの島は何々であると宣言するのかなあ。島の人はなんて返したの。はたして魚獲って暮らす毎日がそれで大きく変わったのかなあ。



これより公用語は何々であることである。国家主義の統制は言語と税金であった。そういう景色を見て子どもたちは何を考えたのだろう。朝起きたら何かが変わっていた。そんなはずはない。水平線は昨日と変わらない。空も雲も昨日とは変わらない。それよりも空は何故青いのか、鳥は何故美しく唄うのか、そういう質問に大人たちは答えたらいい。答えられなければじつは俺たちにもその答えがわからないのだと正直に言えばよかったのだ。

草原スープ

  • 2017.06.25 Sunday
  • 03:13


だいぶ前のことだが友人の主宰するアトリエでとある作家さんの「草原スープ」という美しい絵を見た。青や黄色や赤のカラフルな絵。昨日ふらりと入ったカフェのメニューを見てすごく驚いた。'土曜日限定「草原スープ」'とあり、アトリエで見たカラフルな丼のあのメルヒェンな絵がそこにあったのだ。草原スープは絵画ではなくほんとうのスープだった。草原スープは熱々で帆立と玉ねぎが入っていてミルクやハーブの風味もしてとても美味しかった。



あとでわかったことだけどテーブルにはスープ用のスプーンがあったというのにわたしはコーヒースプーンで草原スープを完食した。あの日アトリエで絵を見たとき、草原スープという題名の響きからわたしはモンゴルやトルコ、ハンガリーや旧ユーゴスラビア辺りの地域を空想した。そしてこれまた勝手な空想だけれどこの草原スープは薄い緑色の簡素なスープだと思い込んでいた。



サンライズの輝き、鳥のさえずり。草原スープのレシピには欠かせないもう一つははたしてなんだったか。それが思い出せなかったが帰宅後わたしはスープを作ろうという気持ちになった。しなびた大根と紫玉ねぎと南瓜しかないけれど、窓の外は梅雨の曇り空、眠れぬ夜をやり過ごした酷い顔。うーん。草原スープならぬ'路地裏の少年'スープになりそうだわこりゃ。

サラダ

  • 2017.06.25 Sunday
  • 02:43


数日前よりいろんな出来事があった。主治医に電話をかけたけれど学会へ行っていますと病院のヒトが行った。そのあと何人かに必要な電話を掛けた。音楽を聴こうかと思ってCDを探った。何枚か選んで掛けてみたがどれも聴きたい音とは違っていた。翌朝はいつも通り掃除をしたり眉毛を描いたりした。



毎度のことだが買い物へ行ってないせいでしなびた大根と紫玉ねぎと南瓜しか見つからない。しなびた大根と紫玉ねぎと南瓜が有るじゃないかと思うことにしてサラダをつくって食べた。大根と南瓜を1センチ角の立方体に切ってレンチンし玉ねぎは少しの千切りにしてライムに浸して立方体に絡め、残りの南瓜を蒸してピュレにしてその上に立方体たちをポタポタと落とした。わたしの涙もポタポタと落ちる。



お断りしていた。いまは会えないとお断りしていた。サラダを作って食べたからではなかったが力を出してちゃんと会ってみようと思った。その人はわたしに土下座をして謝罪した。わたしは子どものように嗚咽した。今まで謝る人にはいつも狡いと感じてきた。謝るなんて狡い。だけど違った。彼女には狡くなれるほどの力も余裕もないことがそのときわかった。

和装

  • 2017.06.22 Thursday
  • 08:47



顔のニキビがなかなか治らない。炎症は勢いを増すばかり。薬局で1番売れ筋の大人ニキビの軟膏を買った。ドラックストアで棚に張り付いていたら白衣を着た若いジャニーズ系男子の薬剤師さんに大人ニキビですねと爽やかに声を掛けられるも当方本日強い顔の痛みゆえもじもじしている余裕もない。


ところが塗った薬が的外れであったのか腫れと痛みは益々強くなるばかり。翌日近所の内科へ。ヘルペスかもしれないと言われる。かれこれ2週間は続いている吐き気等の胃腸症状を主治医が分析。どうやら違う種類の胃腸風邪に続けて2回感染したのだろうなどと主治医は言った。何日もまともな食事を摂っていないということで久しぶりに点滴をした。かかりつけ医での点滴という安堵と静けさがもたらす浅い眠り。



うとうとしながらお太鼓結びのシュミレーションを繰り返していた。'ワンツー名古屋帯'という動画を見たのだ。五七五のリズムで帯の締め方のポイントを覚えてゆくやつである。「手先持ち、輪を外側に肩に掛け、右方向にひと回り」みたいなことである。わたしは未だ帯はおろかじゅばんすら入手していないが近い将来是非とも和装を習得したいというのが最近の願いである。



点滴を終えとぼとぼと歩いて帰り適当な夕食を整えてしまうと早速浴衣で着付けをやってみる。今日はカルタ結びという半幅帯の結び方をやってみた。点滴が効いたのか心なしか帯さばきにもキレがある。出来上がり。和装に詳しい友人に自撮りを写メした。しばらくして返信。帯はよく出来ているがこれでは襟の合わせ目が死人だとのこと。死人とな。和装難しいわー。

考える

  • 2017.06.21 Wednesday
  • 04:28


来る日も来る日もああだこうだと幕末のゴタゴタを読んでいる。読めば読むほど腑に落ちないことがあり、ではわたしはいったい何が知りたいのか、先ずはそんなことが少しわかってきた。それは開国論及び攘夷論なんである。単細胞のわたしは永らく、桃太郎侍みたいな融通の効かない、かつまたキレの悪い動きの和装集団の男たちが握り拳で立ち尽くす光景をただただ悲しく思っていたようである。


お雇い外国人研究と琉球列島密貿易研究はどちらも、国家と呼ばれるものの境界、その出入り口の機能のなんたるかをそれぞれ論じている。まことに雑然たる印象ではあるがお雇い外国人らの存在の事実は当時の江戸幕府のシンクタンクが異人(もちろん日本には'鎖国'なる特殊な時代があったわけですが)を闇雲に畏れず漸進的な理解と認識で目新しい何かを謙遜に学んでいった事実であり、方や琉球列島密貿易研究は、国境線は何時何処でどの様にして作られるものなのかという国家主義のじっさいを探ろうとする。


国家及び国境線は己の内面に生じるというのが若き頃よりのわたくしの持論であった。数年しか通えなかった大学で受けた得難い講義の一つに'堀川研究'があったことを思い出している。堀川って家康が作ったんだね(ブラタモリ観ました)。いやいや家康を囲むシンクタンク江戸幕府国家の国境線は堀川沿い。真水に滲む海水のごとくそれはそれはじわじわと、ゆるりと。国境線って誰かが地図に引いた定規の線じゃない。そんなことずっと考える也。考えるが良い也。

once ダブリンの街角で

  • 2017.06.20 Tuesday
  • 06:39


Netflixの「はじまりのうた」のおすすめに上がってきた「once〜」を観ることにした。石頭と言う。頑固一徹。「once〜」の彼女はじつはとっても石頭。一刻な目をした花売り娘は街角の雑踏で踏ん張って生きていた。彼女が真夜中電池を買いに行くシーン。彼女のマインド地表面がひび割れ言葉が溢れ出すのだ。


「はじまりのうた」の彼女もまた相当石頭だったけれどまだ少し可愛げのある見込みのある石頭であった。大人だったしなあ。しかし「once〜」の彼女はそうではないようだ。若いよなあ。ふーん。アイルランドってどんなところだらうか。ダブリンて?かく言うわたしも架空石頭組合所属なんである。たいへん気になるところである。


シンガーソングライターの彼には気の毒だが彼女を救済したくともおそらく色恋では歯が立たない。彼女の凍りついた地表面を知ったなら彼は間違いなく震えるさ。冒頭で壊れた掃除機を引きずりながら道を歩くシーン。壊れていることは承知の上だ。泣いているような彼女の歌声。


デモテープつくってるところでいったん観るの辞めてしまった。ロンドンなんて行くなよ。見えない何かに期待などするな。石頭の自分が変われないのを棚上げして他人に期待など御門違いだよ。

タンチョウ

  • 2017.06.19 Monday
  • 08:54




ぶっちゃけて言えば鬱だ。結晶化タイプのDIDはアンドロイドだからベースとなる活動水準は高め。鬱でそんなに動けるはずないと言われる。鬱だ鬱だと誰かに訴える必要も勿論ないけど鬱は困る。良質の睡眠と食事は最も安上がりの健康法。眠れない食べれないに老化という滑車ががしゃんと加わると大変だ。もうすぐ夏だ。去年のあのエンドレス熱中症を忘れるな。


朝4時1時間走る。走ってるあいだの爽快なこと。走り終わりが近づくことがさみしいほどだ。こんなときは走らない方がいいとさえ思う。足を止めた瞬間に下落の音が聞こえるようである。がっくりの落差の余韻。誰にも会いたくない。何処へも行きたくない。家中の木彫り熊一頭一頭の埃を丁寧に払う。熊たちに挨拶。室内の大量の木彫り熊を清掃しながら泣くという極めて奇妙な鬱である。


少し前だが寝巻き用に浴衣を買った。白地にブリリアントグリーンの鶴がひしめくように描かれている。全ての鶴が四方へ滑空中である。わたしは鶴が好きである。上野動物園には多種類の鶴が居た。鶴たちの長く伸びた首とボディのカーブはどの角度から見ても素晴らしい。鶴は雑種交配をするらしい。ナベクロヅルはナベヅルとクロヅルが交配したものである。ナベヅルは何故クロツルとつがいになろうとしたのか。



タンチョウはひときわ美しい。だけどタンチョウはどうなのかな。自分の頭頂部が過激に赤いのだ。タンチョウはどう感じているのだろう。タンチョウが隙間なくひしめいてる模様の浴衣があるならすごく欲しいけど寝巻きにはちょっと着られないかもなあ。

イノセントワールド

  • 2017.06.17 Saturday
  • 23:15



わたしは自殺アディクションからなかなか抜け出せず苦しんでいた時代があった。いつもいつ何時も死にたかった。何度か自殺未遂を経験した人に有りがちな無責任極まりない最も困った部類の嗜癖だ。救急搬送され大迷惑をかけ、救急外来で冷たくあしらわれるものの家に帰り嗚呼生きていたよかったとなるも死にたい気持ちは常にあった。



自殺未遂を繰り返す家族が亡くなってしまうと残された家族はホッとするという話を聞くことがある。有り得ない酷すぎると家族を批判するのは容易いことだがこれでもかと自殺未遂を繰り返され疲れ切ってしまうのだ。振り回される家族は心身が疲弊しきっている。お前など居なくなればいい。わたしは親からそんな言葉を掛けられたことがある。そんな日はプッツリと何かを遮断したかのように死にたいとは少しも思わない。しかし自分の命の輪郭を手中にしたい。そんな心の内圧が自殺へと繋がる。



わたしは何かにつけて見返りを求めていた。わたしは計算高く稚拙な思考回路でしか生きられなかった。理解されにくく、仔細なことに反応する幼さを持つ人に惹かれてしまうのはそんな理由からである。大なり小なりヒトは自分ではどうすることも叶わない世界で人知れず苦しんでいるものである。



だから今もしも目の前に死にたいというヒトが現れたらわたしは平静では居られない。かと言って死んだら終わりだなどと軽口も掛けられない。効果的な強く引き止どめる術もない。だから念じないわけにはいかない。おい君頑張れよと念じている。日々を生きることにそんなにも見返りを求めなくとも君のイノセントワールドはとても麗しいのだと心で熱く念じているのである。

思考力

  • 2017.06.17 Saturday
  • 09:46


沖縄から帰ってのち気持ちが沈みがち。これが人間の日常だ。単調で平穏な日々の暮らし。朝が来て昼が来て夜が来る。掃除してご飯炊いて風呂入って寝る。そして読書。沢山の本を読む。既に亡くなってしまった人たちのお仕事について読む。彼らは何を見たのか。そこで何を感じ何を望んでいたのか。


本を閉じる。ところで今日は何月何日か。そういうことが戻らない。あれこれと自分とは無関係の歴史上の出来事を思い巡らす脳のエネルギーにまるで釣り合わない現実世界へと立ち返るための引力の喪失である。思考力バランスの欠如なのである。


「わたしの夢はひとつの料理をはじめから最後まで全く中断せずに作ることです」。かつてこんなことを語った料理人がいた。わたしの夢。わたしの夢は何だろう。ところでわたしって誰?


此処なのかー。これだったんだな問題は。

トーキョー・ブルース

  • 2017.06.14 Wednesday
  • 04:17

昨日親戚の子に斉藤和義のCDを5枚コピーしてもらった。ファーストアルバムから順に5枚。昨夜は6曲入りの1993年のファーストアルバム「青い空の下‥‥」を繰り返し聴いてみた。'トーキョー・ブルース'はその1曲目。硬質なスチールギターの音。斉藤和義のことをファンの人たちはなんて呼んでいるんだろうとふと思ったりした。とりあえずわたしは人に説明する時なんかには斉藤和義斉藤和義とフルネームで呼んでいますけど。



月曜日神戸から里帰りする三女のお迎えに久しぶりにJR名古屋駅へ。待ち合わせの3時間前には着いていた。タカシマヤの8階の三省堂書店で山口県の地図を買う。どこかのカフェでお茶しながら地図を見て時間を潰そうかなと思ったがなかなか良い場所が見当たらない。広小路口方面の地下通路のベーカリーのイートインに空席を見つけた。なにも食べたくなかったがニューヨークシナモンロールというのが気になった。油脂少な目の生地でさっぱりと食べやすいパンである。



買った地図は広げて一枚のタイプなので混み合うイートインスペースでは結局開くことが出来ず持参した文庫本を読む。近眼乱視用のコンタクトレンズを付けているので老眼鏡を使う。このダブルレンズは眼球に悪い。白眼が瞬く間に充血して痛いのである。本を諦めてシナモンロールと紅茶に集中する。



ベーカリーを出て再びタカシマヤに戻り今度はエレベーターで4月に開業したjrゲートタワーの12、13階のレストランのフロアへ。11時を回ったところだったが既に各店舗には入店待ち行列が出来ていた。一軒一軒お店を見て回る。何を食べさせるのだろう。どんな人たちが何を食べてるのかな。そういう観察をしつつ楽しくフロアを巡る。


地上に戻り混み合うコンコース西側のみどりの窓口をめざす感じで南へと構内を突っ切る。そこはいつも人が少なくて歩きやすいのだ。長いエスカレーターを下るとそこはエスカ。久しぶりなのでここも一軒一軒お店を見て回る。ブティックで熊のイラストのTシャツを購入した。熊の他に兎も猫もあった。ポイントカードを作った。今後はTシャツを買っていく気なんだと。



しばらくして通路の向こう側に三女現る。長身長髪の彼女はまるで北欧からの留学生のようである。ガニ股気味で人を馬鹿にしたような顔つきで歩いてきた。なんか食べるか。おう。既にリサーチ済み。jrゲートタワー13階フミーズグリルへ。山口智充と佐藤竹善を足して2で割ったようなウエイターが店内を案内してくれる。なにを尋ねてもキビキビ。山口智充と佐藤竹善を足して2で割りさらに年齢を10歳若くしたかのような彼は目に鋭い険がありなんとも好ましい。昼間からワインを飲む。早く山口県の地図を見たいよとかそういうことを三女に語りつつなんである。



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