しばらくお休みします

  • 2017.11.23 Thursday
  • 14:47

 

しばらくブログをお休みします。

 

                                                        箱房真理

光沢

  • 2017.11.20 Monday
  • 08:54

 

 

映画「殿、利息でござる」を観た。江戸時代、仙台藩、とある宿場町の実話、とのことであったが言うところの美談にまつわる悲喜こもごもを切れ良く描く秀作。なかなかの見応え。観終えてもう一度はじめから観る。

 

 

江戸の士農工商。農民の筆頭「肝入り」とは庄屋のことだろうか。幾つかの農村をまとめるエリアマネージャーは「大肝入り」と呼ばれている。劇中の肝入りは安定の管理職風、TVドラマ'相棒'の寺脇さんが演っていた。寺脇さんは中年期からのからの子育て中のイクメンパパ。方や大肝入りは役者は何処の誰か知らないがおそらくは彼は父親の死後若くして家督を継いだのであろう。重い責任を背負って立つ決意と覚悟をたっぷりと瞳に湛えた美少年である。我らが弱小なる宿場町の行く末案じるこの二人の気迫が小間物屋、両替屋、雑穀屋、茶屋、造り酒屋ら金持ち農家たちの心を動かしてゆくストーリー。

 

 

大願成就成らずがっくりと肩を落とす大肝入りにお代官が土産を持たせる場面。お代官が言うのだ。良い紬が手に入った、よかったら妻女に持ってゆけ。お代官も両替屋も小間物屋も、茶屋も雑穀屋も皆肌触りの良さそうな紬を着ていた。地味な色合いが農村の風景に溶け込んでいてなんとも美しい。唯一寺脇さんだけが紺屋の藍と決めていたけれど。それにしても似合うなあ。寺脇さん紺色が。

 

 

仙台城内。お城の出入掛け(会計係)は利息を払わねばならない事態は避けるべし、それでは侍としての示しがつかぬと頑として話し合いに応じない。それはそれで筋が通っているわけで、慎みを欠き後先を無視した上昇志向の挙げ句の借金まみれのお武家たちに彼は冷ややかな視線を浴びせるのである。

 

 

だけど出入掛けの失策。彼は光沢豊かな正絹をその帷子の下にまとっているんである。これは如何なものか。目立っちゃってるんだよねえ、その光沢がね。

色を選ぶ

  • 2017.11.18 Saturday
  • 11:45

 

 

和装自主トレの日々の徒然。和装のなんやかんやの日々がもたらすものの一つは色である。和装イコール和風ではない。正絹の光を放つ発色はインドのサリーにもある。山の木々の紅葉の紅や黄色。土木工事の土取りで削られた山肌の赤土。冷たい雨に映える玄関先の松の緑。

 

 

和装で気をつけねば成らないとして自分の好きな色を身につけては失敗であるなどとあるがこのことは果たして私は自分は何色が好きなのだろうと考えるきっかけとなった。今朝は醤油と味醂を煮切っているがそれは均一で透明で艶やかな美しい褐色である。わたしこの色好きだな。

 

 

ブランデーの濃い褐色。ダークラムの甘い香り。つぎたしつぎたし秘伝のタレ。

恥ずかしい

  • 2017.11.18 Saturday
  • 11:25

 

恥ずかしいっていう言葉はちょっと良い。恥ずかしいと思ったらそのときに恥ずかしい恥ずかしいと言うのが良い。あるんだな。恥ずかしいこと普通にあるある。おいこら恥ずかしい自分から逃げんなよ。昨日なんやかんや診察で話していた。すると先生が俺は今恥ずかしいと言うではないか。ふと思った。これまで自分を恥ずかしいと感じて恥ずかしい恥ずかしいって口に出して言うこと私には殆ど無かったような気がしたのだ。恥ずかしいから止めてくれ、勘弁してくれって懇願するようなそんな親密な人間関係が私には無かったのだ。貴様恥を知れ、己を恥じるか、恥じることこそ恥なのだぞとわかったようなことを思ってそうやってなんか格好付けていた。それで格好良く生きているつもりでいたんだろう。俺は今恥ずかしい。俺は今恥ずかしい。この野郎畜生ブログにこんなこと書きやがって、だから俺は恥ずかしいんだ。‥‥だろうな、わかるよ。でも俺もこれからは恥ずかしい恥ずかしいと口に出して言いたいよ。生身で生きるのはそんなやりとりなのだなあ、俺も正々堂々言うぞ、俺は今恥ずかしい。

駄目男が駄目ではない訳

  • 2017.11.18 Saturday
  • 09:48

 

 

昨日診察日。先生が駄目で安心したよという「私」の言葉。一方でわたしは駄目という語の持つ独特の響きについて考え続けていたんであり。

 

 

もう駄目これ以上走れない、足が駄目になっちゃった。駄目は強い。不可能になったんである。

 

 

ああここから入っちゃあ駄目だ、それにそのチケットじゃあ駄目だ。禁じられていた。知らなかった。

 

 

道が駄目になっちゃってさ、いま工事中だから通れないよ。待つよ。あたしは待つよ。

 

 

囲碁で駄目は勝敗に関わる大切な景色だ。駄目を詰めても良いことはない。先生が駄目で安心してる。駄目は自覚すべし。駄目は共有すべし。駄目で深呼吸。先生は敵じゃない。ほんとに勝ちたいなら駄目を隠すのは得策じゃない。

シャリ感

  • 2017.11.16 Thursday
  • 16:41

 

 

講談社 宗廣力三著「郡上紬に生きる」。

多賀出版 金原達夫著「大島紬織物業の研究」。

後藤捷一(しょういち)監修他 染織と生活社「日本伝統織物集成」。この三冊はすべて図書館からの借り物である。

 

 

 

紬織布の作家である宗廣氏の本はとても優しい。しかし内容は易しくはない。金原氏は鹿児島経済大学地域経済研究所にて大島紬の経済分析を手掛けられたようである。この本は絹織物って何,紬って何、何処の誰が何のためにそのお仕事を始めたのというはてなを納得が得られるまで追求する。「日本伝統織物集成」は図鑑である。この図鑑の良さはそのページがすべてモノクロであることかもしれない。日本国内にはこれほどの種類と歴史の日常の布がある。知りたければ知りたいだけ、現地へ行ってじっさいに見てくるが良い。そんなメッセージがそこには有る。

 

 

 

わたしは学生でもなければ研究者でもない。ましてや紬織物や染色を志す作家の卵でもない。じゃあどうしてこんなに夢中で本を読むんだよ。いい加減にしてよ。

 

 

 

家畜化に適した蚕を家蚕と呼び、一匹一匹の性格に癖が有る家畜化に適さない蚕を野蚕と呼ぶ。野蚕はエリ蚕、山蚕など。野蚕の繭には黄土色や緑色の色が付いている。野蚕の特徴はエリ蚕をのぞきその糸で作る布地のシャリ感である。

 

 

 

シャリ感。面白くないですか、シャリ感て。

 

 

学問

  • 2017.11.15 Wednesday
  • 14:20

 

 

 

「こう、話を聞いてて、易しく解りやすく、はっと気がついたらこの辺に学問がしみ込んじゃってるようなのがさ」。’男はつらいよ’16話「葛飾立志篇」で理想の学問とはと問われた寅次郎が語る。これはむしろ真理である。この16話の結末は珍しい。尊敬する仲間であり、その道では高名な学者であるとある大学教授から格式高い愛の詩を贈られたマドンナ礼子さん。彼からのプロポーズへの返事はNOだ。礼子さんが恋しているのは生きた人間ではなく考古学なんである。

 

 

 

結末を知っているからではないけれど、16話の渥美清がイケメンだ。風になびいてひらり、帽子から覗いている巻き髪が艶めいていて色っぽいし、角張った顎のラインなんかはシュッとしてて思わず見とれてしまう。

 

 

 

そうか。わたしここんとこずっと小難しい本を読み過ぎてんだな。

セレナーデ

  • 2017.11.14 Tuesday
  • 08:08




セレナーデ。ドイツ語でStändchen。シュテントヒェンは二階の窓辺にいる女性に向かって立ち姿で歌うことを指す。セレナーデはイタリア語ではSerenataセレナータ。なだめるという意味である。



カナダのバリトン歌手フィリップ・スライを聴いている。フィリップ・スライの控えめな声。バックの寂しげなギターもいい。



今朝はシューベルト。毎日着ている羽織りを直す。ちくちく手縫い。くるりと丸めたり、ひょいとその辺に引っ掛けたりと扱いが乱暴だったせいであちこちがほつれている。ここ数年は洋服や寝間着の上にカーディガン代わりに羽織りを羽織っている。暖房の部屋にいるわけだけれど首や肩がなんとなく冷える。



正絹の羽織りはいい。正絹が好きだし、とっても軽い。そしてフィリップ・スライのバリトンも軽い。山の霞(かすみ)。すーっと広がって彼はそこに居てくれるんである。シュテントヒェン〜。

長羽織

  • 2017.11.12 Sunday
  • 04:41





古道具店が出している古い着物には時々掘り出し物が有る。古道具店と呉服屋とでは和装に対する認識が若干違っている。衣類としてどうかというより経年数だったりするわけである。数日前に来た小包みの古着の中に上前が酷く汚れたアンサンブルが入っていたがこれがとても古い茶大島で長羽織はほぼ新品であったんである。



長羽織を羽織ってみた。良いではないか。なんだか殿様になった気分である。夫を呼んで羽織らせてみる。ちょっと違う。彼が羽織ると断然柄が映えるのだ。たちまち道楽者の大間違いになった。着物って奥が深いな。

万年青

  • 2017.11.12 Sunday
  • 04:11





万年青と書いてオモト。私は万年青が好きだ。縞、虎、剣、竜、星、獅子。万年青の葉の柄をこんな風に呼ぶのも良い。野生種の万年青も良い。さっぱりと伸びていて良い。




葉蘭、砥草、一ツ葉。ギボウシ、ユキノシタ。万両、千両、藪柑子。立浪草に福寿草。そこに万年青である。硬派な玄関のアプローチなんである。そんな夢を描くんである。

selected entries

archives

recent comment

profile

search this site.

calendar

S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  
<< November 2017 >>

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM