駄目男

  • 2017.11.08 Wednesday
  • 08:17





すまけいが良い。いったい'男はつらいよ'の何作くらいにすまけいは出ているのか。38話「知床慕情」のすまけいは若々しく歌も上手い。寅次郎を心から慕うすまけい。酒に酔ってちょっとした失敗をしたすまけい。勇敢に操舵を執る船上のすまけい。




ダメだこりゃ。すまけいに恋する私は駄目男を放って置けない駄目女。いやそうかな。すまけいはそんなに駄目じゃない。すまけいは優しい心。すまけいは簡素に生きる。すまけいはちょいと不器用なだけ。笑顔のすまけい。すまけいには海と山がよく似合う。

宇助窯 加藤綱助陶房

  • 2017.11.07 Tuesday
  • 14:24

 

私は古瀬戸ってどれですかを繰り返していたようだ。加藤さんはわざわざ建物の向こうから持ってきた手の中に入るほどの大きさの黒光りする陶片を差し出しこれが古瀬戸ですよと言った。恐縮である。陶芸ド素人の訪問客のわたしに釉薬の色の違いを説明してくれているのだ。

 

 

 

今日はほんの思いつき。赤津焼きってメダカ入れる水鉢あるのかな、と言っていた友人に運転を頼んだ。いつも訪ねている赤津焼きの陶芸家のM氏はたしかメダカを飼っていた。M氏からメールがまだ帰って来なかったがするすると赤津エリアに来てしまった。車を降りてぷらぷら。赤津瓦の茶色い屋根を眺めつつM氏の窯を訪ねる。留守。帰りがけ、道端から見えた、和室を開け放った家庭的なギャラリーの敷地内のガレージ内になんとも可愛らしいレンガ積みの小さめの窯を見た。

 

 

 

和室の壁の一輪挿しには赤い実。作家さんは小柄な御婦人であろうか。ところが挨拶に現れたのは両手を肘まで粘土で白く汚した黒装束の男性であった。

 

 

 

和室の真ん中には柾目の天然木。紅い木肌。何の木か。良い木だなあ。古い抹茶入れのカタチのはなし。土岐の資料館とトヨタへ抜ける道沿いにあるという古い窯跡のはなし。‥‥赤津は別に一番じゃないですよ‥‥。日本で一番古い窯というはなしだったか、それとも日本で初めて織部焼きを焼いた窯のはなしだったか。加藤さんは物腰が柔らかい。陶芸家というよりはカフェのオーナーのようにも見える。

 

 

 

秋の瀬戸の窯巡りは今週末である。窯巡りって混み合うんだろうなあ。人でいっぱいの赤津も見てみたい気もするけれど。

 

 

父になる

  • 2017.11.07 Tuesday
  • 08:07





少し前だが'男はつらいよ'の39話「寅次郎物語」を観た。どの辺りの話からなのかはわからない。すまけいやイッセー尾形など。天賦の脇役らが寅次郎の日常を取り囲む。寅さん映画はまるでAランクの伝統工芸のよう。




秀吉はまだ幼くして父親と死別。死んだ親父の友人であり自分の名付け親でもある寅次郎を頼りに柴又へやってきた。「寅次郎物語」は秀吉の瞼の母を探し求めてのロードムービーである。それにしても感動の場面で母親役の五月みどりの転び方がなんとも下手。だけど秀吉役の子役も下手なのだ。だからそれで良い。




秀吉を母親に引き渡した寅次郎は何故かバタバタと船で島を出て行ってしまった。どんどん遠くなる船。泣きながら船を追いかける秀吉君。船長役のすまけいも泣いていた。だがしかし寅次郎は泣かない。




幼い秀吉が寅次郎をひたすら慕うのは呑んだくれの挙句死んだダメ親父の面影を寅次郎に見たからだ。寅次郎はそれを知っていた。いいか秀吉、俺のことは忘れて立派な大人になれ。寅次郎の顔は晴れ晴れとして真っ直ぐ前を見ていた。果たして寅次郎はこうして父になることが出来たんである。

例え

  • 2017.11.07 Tuesday
  • 05:51


塩沢紬(新潟県)



「Lascia ch'io pianga」はアリアから練習。中盤イ段とエ段の高音が続く。上手く歌えないのである。段々このヘンデルの曲が嫌いになってゆくのを巻き返すべく歌詞の意味を考えたりメロディのラインを味わったりあの手この手。なんだかわたしの声って'きしめん'みたいだよね。前回はとうとうそんな愚痴を声楽教師にこぼした。




今月はとにかく体幹強化。どすこいスタイルで大腿筋の弱体対策、エアクロールをしながら高音部を歌い上げるなど汗だくの猛特訓の日々。自分の声というものは自分にはこれがなかなか聞こえては来ない。これはもう死ぬまで上手く歌えないんではないかという不安との戦い。大袈裟だがそんなところ。昨日声楽レッスン。一投目のアリア。声楽教師は黙っている。ダメかダメなのか。




‥‥まみちゃん練習したね‥‥。声楽教師が頷いた。おう、100本ノックの日々だったんだ。私は心の中でガッツポーズ。感極まれりである。'きしめん'が'細めん'になったと有難い言葉を頂いたわけである。すると声楽教師は言った。‥‥それでここね、この盛り上がるところね、‥‥んーそうだな、'ちくわ'で行こうか、中が空洞で風が吹き抜ける感じ。

突き刺さる

  • 2017.11.07 Tuesday
  • 05:34




昨日声楽レッスン。少し早めに着いたが前の人のレッスンをちょっと聴いてみたくなりそっと扉を開け部屋の隅に正座した。振り返ったその人はなんと10年来の知人だった。レッスンが終了。振り向いた知人が私に会釈。しばらく凝視して後、やだ久しぶり、やだ白髪?やだ何でここに居るの?毛染めについても声楽レッスンについても上手く話せない私がもごもごとまごついていると代わりに声楽教師が笑顔で経緯を話した。




じゃあ今度の発表会出るんだね。もともとこの人は声が張る人だったがこの時の知人の声が突き刺さるようだった。私は発表会には出ないのだ。じゃあわたしも聴いて行こおっと。知人は部屋の隅に正座した。仕方ない。私もさっきやったしな。発声練習。すごーい!まみちゃん上手ーい!声楽教師がいつもより大袈裟に褒めると知人がそそくさと部屋を出て行った。何故だろう。私は泣きそうになったんである。

餅菓子店

  • 2017.11.06 Monday
  • 03:57





ぶらり名古屋駅。続き。牧野公設市場を過ぎて米野小学校の交差点を右折した場所に権現通りのバス停はある。バス停前のセブンイレブン。その前の大きな楠が熊野神社である。今では熊野神社は米野公園に含まれている。




ヤマザキパンの看板の餅菓子店。古めかしい木戸のガラス越し僕は店番ですと言わんばかりの若い男性が私に会釈を返す。中に入るとわーっと温かい空気。お餅の香りがした。おはぎ、草餅、三色団子と大福餅。ずらりと並んだ木製のばんじゅうには餅菓子たちが詰まっている。いらっしゃい。男性の笑顔が余りにもいいので私もついついにやける。




今日は沢山あるね、このあいだ夕方だったからもう空っぽだったもんね。餅菓子は皆彼の父親が店の奥の厨房で手作りする。朝作ったものが昼過ぎにはほぼ完売なんである。




買ったばかりのおはぎを持って米野公園へ。よく晴れたいい天気の公園のベンチでおはぎを頬張った。柔らかくて甘いおはぎであった。粒あん。おはぎってこんなにふっくらしてたっけな。おはぎってのは美味しいもんだな。

  • 2017.11.05 Sunday
  • 05:50




谷川俊太郎の他の「夕暮れ」。




「誰があかりを消すのだろう?夕暮れ。 あんなに静かにやさしい手で空の全部をさわっていって。


恋人たちは知っている。二人の欲望が消すのだと。子供たちも知っている。彼等の歌が消すことを。


だが、私は知らない。



誰があかりを消すのだろう、夕暮れ、それは私のお父さんではない、それは私の愛する人でもない、それは風でも思い出でもない。


誰があかりを消すのだろう?夕暮れ。私が夜を欲しい時、また私が夜を憎む時。 誰があかりを消すのだろう?」




私はかつて夜がとても嫌いだった。暗闇を心から恐れた。この詩を読むとその時の恐怖や苛立ちが蘇るのは何故だろうか。私はたぶん心の何処かで誰かが故意に私を陥れているに違いないと思っていたのかもしれない。

広小路通り

  • 2017.11.04 Saturday
  • 05:28





名古屋市の市営バスは栄を中心にしてまるで蜘蛛の巣のように360度の方角に見事に伸びている。路線は基幹と呼ばれる本数の多いものから〇〇循環と名付けられた1日に数本のものまで色々である。例外もあるが全て乗り放題200円。割引も各種ある。




夜の街をひとり市バスに乗った。中村区権現通りから栄まで。「栄24」という名前の路線であった。バスは今しがた買い物をした牧野公設市場前を太閤通りへと上り笈瀬通りの交差点を右に折れると真っ直ぐ名古屋駅へと向かう。学生やサラリーマンで結構な混み具合。笹島でJR利用の人たちがどっと降りた。




線路をくぐり抜けるとそこは広小路通り。柳橋、納屋橋、広小路御園、広小路伏見。夜の都会をバスは突っ切って進む。周囲はタクシー。彼処にも此処にも色とりどりのタクシー。渋滞の中をバスはひたすら進む。




気が付けば大津通。窓の外を見る。中日ビル、丸栄、三越。街路樹にはイルミネーションがこれでもかと煌めいていた。ゆったり空っぽの夜の市バスを終点の栄まで。気持ちはリムジンである。

名古屋駅

  • 2017.11.02 Thursday
  • 07:05





数日前県図書へ本を返却へいくついでに名古屋駅南をぷらぷらと歩いたが思っていたより楽しかった。覚え書き。




最近カジュアルな私服を一切着なくなった。秋である。トレンチコートと黒パンプス。返却本はハードカバーが10冊ほどあり風呂敷できゅうっと本をしばりスーツケースに詰めちょいと一泊二日旅行スタイルで電車に乗る。そんな旅行ごっこです。




名古屋市のwikiを読む。2008年名古屋市は神戸市と共にアジアで初めてユネスコ創造都市に指定された。創造都市名古屋市とな。港区は海抜ゼロメートル。国際貿易港名古屋港を抱える濃尾平野。信長は中区の生まれ、秀吉は中村区の生まれとあるが名古屋市が現在の行政区画となったのは戦国よりもっと後の時代。尾張藩→名古屋藩→名古屋県→愛知県。こんな感じである。




太閤通りを駅裏へとぽちぽち下る。「笈瀬通」の交差点。これで'おいせどおり'と読むらしい。笈瀬の語源はお伊勢さん。ここら辺一帯は伊勢神宮の領地であったという説がある。明治22年牧野村、米野村、平野村、露橋村、日置村合併後笈瀬村と名付けられた。




交差点を左に折れてしばらく行くと左側にひなびたスーパーマーケット。牧野公設市場である。




かぼちゃの煮物100円。ひじきの煮物100円など。うずらの卵フライ2本100円。そして公設市場の向側ではアジア系の若いオーナー夫婦が激安野菜と果物の露店を出している。公設市場で買い物後道を渡った。本当に安い。傷有りの長芋が一本200円。風で店内を舞っていたスーパーの袋をキャッチ。長芋を袋に入れてわたしは再び通りを歩き出す。

禁令

  • 2017.10.31 Tuesday
  • 04:14




1716年享保、1787年寛政に次ぐ1841年の天保の改革。テレビの時代劇は江戸の奢侈禁止令を悪者に仕立て上げたが、果たして禁止せねばならぬほどの奔放があったのだろうか。




着付け自主トレの日々。ヤフオクで千円の和装小物まとめを落としたら中には未使用の正絹の長襦袢が一枚入っていた。正絹の長襦袢は全く着心地がよい。長襦袢の発明は江戸中期。ポルトガル人の着ていた白いワイシャツを真似たものらしい。髪につけた鬢油で着物の襟が汚れることなどを避けるために考案された。襟を見せる粋なインナーである。




奢侈禁止では正絹は禁令。庶民は木綿で地味が良しとされた。奢侈禁止は元は朱子学、社会を啓蒙する教育であるが金持ちの町人らは長襦袢つまりインナーをド派手にして布告に不従順を示した。紅絹(もみ)の流行にはそんな背景があった。どちらにしても貧乏では紅絹など無理だったんだねえ。




映画「駆け込み女と駆け出し男」の鳥居耀蔵役の北村有起哉は「長州ファイブ」では井上馨役を演じていた。北村有起哉はなかなか良い。しなやかな頑固一徹。鳥居耀蔵という人物はそれほど極悪人だったのだろうか。ボロは着てても心は錦って言うじゃないか。いやいや。江戸の奢侈禁止令は結構極端だったみたいよ。



昨日初めての終日和装。単衣のウールで着崩れ実験である。昼には隣の棟に住む友人宅を訪ねた。まあ近所なんで足袋履いて下駄履いてです。

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