骨の音

  • 2018.04.15 Sunday
  • 07:25

沖縄在住の整体師の友人のご夫婦が夕食に呼んでくださったのでいそいそと出かけた。台所から揚げ物のいい匂い。揚げたてを貰ったらレンコンのフライ。どう?これ衣にカレー粉とマスタードを混ぜてるよ。友人は言った。

 

現役整体師の夫は50代。出会って四年になるが私はまだ一度も彼の施術を受けていない。理由はたった一つ。整体はなんだか痛そうで怖い。会うたび私は結構だと主張してきたが昨日は健康診断だと言われてレンコンも食べたし横になる。

 

さっき友人が施術されているあいだに部屋の壁の筋肉と骨のパネルを念入りに見ていた。整体師は脊椎や頚椎をひとつひとつ数える。それ何番?3番、それ何番?5番。もう終わり?ここズレてる。やらないってば、すぐ済むのさ、幾らなのさ、こりゃ特別料金十万円だほら脚の長さがこんなに違うよ、右の腸骨はこんなんだもの。側で見ていた友人までもがこりゃダメだ貴女のからだ出鱈目に歪んでるよと言いたい放題。それがなんとも可笑しくて私は吹き出した。

 

その時だった。整体師が私の頭部をそっと掴み力を抜いてと耳元で囁くんである。整体師が頭部を持ち上げ捻る。するとポキポキとよく響くいい音がした。全身の骨が鳴り響いたんである。

 

今いい音出たなあと整体師。うんいい音だったと私。さすが声楽やってるだけのことはあるなと友人。今のちょっと痛かったねと整体師。私はそうでもないと嘘をつく。これがちょっとどころじゃない激痛なんである。それからのちポキポキポキポキと私は良い音を鳴らし続けたよっていう、人生初の整体体験だったっていう、もう二度とやらないから!

三彩点打

  • 2018.04.14 Saturday
  • 05:48

出来事の記録。朝8時中城方面。店内はアメリカ人でいっぱいの食堂風のお店で友人と朝ご飯。沖縄へ来るたびにこの店に来ていて去年メニューにグリーントマトフライというのを見つけオーダーしたけれどその日は出来ないと言われた。これ有りますかと尋ねると有りますよ、と笑顔。来た。まずグリーントマトフライ。次にエッグベネディクト、そのあとで再びグリーントマトを食べる。2度目のグリーントマトがとっても美味しいのだ。トマトの酸味と甘み。フライの衣はパン粉ではなくトウモロコシ粉である。

 

北中城。板金屋の前の歩道から道の向こうに大きな木が見えた。板金屋の店主に尋ねるとガジュマルだと教えてくれた。あっちには少し前には大きな梅の木があった。花の季節は綺麗だったね。切ってしまったね。中城の原生林についていろいろ尋ねた。那覇。諸々用事を済ませたのちやちむん通りを目指す。先ずは壺屋焼き博物館へ。博物館というのが久しぶりで展示を念入りに見過ぎたせいか酷い頭痛。ベンチでひと休み。展示はまだあったが途中で出ることにした。

 

マップを見ながらじょーやち(上焼)の登り窯跡などを見学したりなんかしていい気分で焼き物の店を一軒また一軒と覗いて歩く。ふとショーウィンドーのとある焼き物に目をとめる。どっかで見た。三彩点打は焼き物の絵柄の種類のひとつで白地に飴釉と緑釉の三色で三彩です。お店のお姉さんの説明を聞く。彼女の祖父は沖縄壺屋焼き復興時よりの焼き物師で父親も叔父さんも焼き物師。貴女も焼き物をしますか?と私が尋ねると私はシーサーの射込み作業の手伝いをします、父は今はシーサーしか焼かないんですよと笑った。

 

彼女の叔父さんは陶芸家の島袋常秀。毎日使ってこそ器の価値があると叔父は廉価な器を焼き続けています。沖縄民藝協会の話なども聞く。窯は今では読谷村に移設したという。叔父はやちむんの伝統とトレンドとどちらも取り入れた器を作ります。お話が面白いのでいろいろ尋ねる。読谷村では今でも薪の登り窯で焼き物作っているという。薪で?私はそう言うとあたし見たことあるよと友人が言った。薪はなんの木を燃やしてんのかなとかいろいろ気になる。お姉さんにまたねと挨拶して我々は店を出てぼちぼちと通りを歩いた。那覇は猫出没率が高い。野外でくつろぐ猫たちも良い。

 

帰宅後友人が韓国旅行で買ってきたビビン麺などで夕食。小学生や友人の母親のばあちゃんもやって来た。宿の別棟に滞在中の福島県の民俗学者が焼きたての鮎の塩焼きを皿に山盛り持って来てくれた。彼は今夜は仲間と利き酒をしているらしい。四国の仁淀川って知ってますか!仁淀ブルー日本で1番美しいんです!この鮎僕が釣りました!僕が焼きました!堅物の民俗学者が酒に酔うとちょっと小学校の高学年の優等生みたいになるんである。沖縄へ来て焼きたての鮎の塩焼き食べれるなんて滅多ないな。

 

女主人がノンアルを冷蔵庫から出してくれる。本当のビールも一本あるのさという女主人にあたしそれこの間飲んじゃったごめんと返すとまるで実家だなと友人たちが笑った。ノンアルの筈がほろ酔いに。頭痛もして渋い顔をしていたらもう寝たらと女主人が言うので来客たちには挨拶もせず早々と床に就いてしまった。

 

 

台湾

  • 2018.04.13 Friday
  • 05:42

今日も雨。窓を締め切ってエアコンディショナーで除湿。見よう見まね三線を弾いてみるがすぐに指が痛くなった。友人が海岸沿いにある天然酵母パンのお店でパンを買ってやってきたのでゴーヤを炒めたり胡瓜のナムルを作ったりして昼ご飯を食べる。強い雨で時折停電。友人も女主人もそういう事には慣れているようで一切動じないんである。

 

中城まで代車を取りに行くという友人の助手席に乗りドライブ。代車はハイブリットカーだった。よく走る乗り心地の良い代車で北谷アメリカンヴィレッジへ。水平線を眺めながらガドガドとナシゴレン。一本百円のタイムサービスのサテとジンジャエール。友人は昨日那覇の交差点で一時停止したところを後ろから追突されたと言う。マイカーは廃車となった。

 

会計を済ませて建物を出ると駐車場がちょっとした人集りである。何事かと見るとまさかの友人の代車は黄色い軽自動車に追突されているではないか。奇声を発し狼狽える友人に駆け寄る若い女性は台湾から来た観光客であった。台湾の女性のアイムソーリーに対して友人はなんで?と日本語で返した。

 

強い雨をくぐるようにしてかっこよく巡査らが到着。事件は現場で起きている。巡査は椎名桔平似、こういう事故には慣れているときびきびエクスキューズミー。彼は私に声を掛けた。ん?戸惑う私に椎名桔平似の巡査が言った。アーユースピークジャパニーズ?ユーワードライビン。

 

どうやら私はその場に居た人物の中で誰よりも台湾人っぽかったのだ。数日前琉球王国時代のことなどが知りたければ台湾の故宮博物院へ行くのがいいのですと私に台湾旅行を勧めたそのお年寄りの友人の言葉が瞬間蘇りそうか台湾にね、行こうじゃないの、私は嬉しかった。

 

なんで?ねえ、なんで?可哀想な私の友人ミーアミーゴよ。そうですか2日連続で、それではもうご存知と思いますがときびきび椎名桔平が事故処理の手順を説明した。

まーす煮

  • 2018.04.11 Wednesday
  • 06:29

うるま市には漁港がいくつもある。海中道路を渡った先の小さな島々にもそれぞれ小さな漁港がありコンクリートで埋め立てられた港には均一なパステルグリーンの海水に白い小さな漁船たちがぷかりぷかりと浮かんでいた。


女主人が連れて行ってくれたその漁港には見落としてしまうくらいちっぽけな直売所が併設されていた。中は魚臭がほとんどない。色とりどりの多種類の魚はプラスチックのケースに並んでいたが皆鱗を取り除かれきゅっと口を閉じたビニールに覆われて氷に埋もれていた。壁側のショーケースの加工品はほぼ売り切れ(昼に近い時間だったので)。これ何?かろうじて残っているパックの何かを指差し私は店のおじさんに尋ねたら蒸したナマコだった。なんだか食べてみたかったので買うことにした。


ひと通り魚を見てしまったので直売所を出て外で海や漁船を眺めていると那覇の小禄から来たという老女が私にアンタはどこからきたのかと言った。老女は昭和の初めの生まれで戦争で親兄弟は皆亡くなり宮城島に嫁いだと言った。海中道路がまだ無い頃の与那城諸島の話など老女は私のはてなに幾らでも答えてくれた。


直売所から女主人が呼ぶのでもう一度お店に戻る。私がイラブチャー1匹五百円って高いのかな安いのかななどと言ったので女主人は食べたいのかと言ってそのイラブチャーを買った。車に乗ると女主人は魚の素揚げを買っていて車中は揚げたての香ばしい匂いで充満した。


宿で早速魚のあちこーこー(魚の唐揚げをこう言います)にかぶりついた。名前も種類もわからないが何種類もの魚を丸ごと素揚げした山盛りである。夜には女主人がまーす煮なるものを作った。まーす煮には泡盛を入れるのではないかなと思ったがこの宿では泡盛の瓶を見たことがない。女主人は酒を飲まないし私ももう何ヶ月も酒を飲まないからいいかな。


まーす煮は塩だけで煮たあっさりした味。イラブチャーはカラフルな見た目に反して真っ白な身がふんわりとして柔らかくふちの方には脂も乗って大変美味しい。私は女主人に魚の食べ方が下手だねとからからと笑われる。我々はライムと七味を振りかけて大きなイラブチャーを1匹食べきった。

ゆし豆腐

  • 2018.04.10 Tuesday
  • 04:57

数日前女主人が浜比嘉島で開業したばかりのゲストハウスのオーナーさんの諸々の相談にのるというのに同行した。掃除がゆき届いたこじんまりとした琉球の古民家。広間の壁に見慣れない作りの笠を見た。


三角の頭に被る笠である。何かたぶん地元の呼び方があるのだと思うけれど。艶のある細い長い草の葉をこけら葺きのように一枚一枚丁寧に重ねて拵た笠である。壁から剥がしひっくり返して骨組みを見たいと思うがはたして触っていいものだろうかと一瞬躊躇した。


クバではないよ。バナナかな。昨日夕ご飯のゆし豆腐を食べながらその傘の話をした。クバというのは亜熱帯の椰子の一種でその葉っぱは巨大な手のひらのよう。南国では団扇や柄杓などに加工する。


葉っぱをお湯に浸けるって聞いたけど。友人が言う。じゃあまだ青いやつでカタチを作るんか。私にはもうどうしても木の葉で何かを作りたいのだ。ふりかけ過ぎ。女主人が言った。話に夢中、ゆし豆腐に唐辛子ふりかけかけ過ぎた。

帳尻を合わせる

  • 2018.04.09 Monday
  • 02:33

昨日島ではクリーン作戦。護岸に投げ捨てられたゴミを拾う日。私と女主人も宿の他の宿泊客や友人と連れ立って出掛けた。波で凸凹になった琉球石灰岩の斜面を空き缶やペットボトルやビニール袋に入ったコンビニ弁当のゴミなどを拾って歩く。


私の母は車の窓から平気でゴミを投げ捨てる人であった。子どもの私はやはりそれはいけないことではないかとハラハラしたものだ。岩場の隙間に手を突っ込んでもはや原型を留めないビニールのなにかを引っ張りあげたりしつつ私は心の何処かでいつかの負債の帳尻合わせをしたかのような気がしていたんである。


海にゴミを捨てるなよと語調強く語る友人をよそにそこまでの憤りこそない複雑な胸中。それはどこか亡き母の落とした何かをひとつひとつ丁寧に拾い集めているかのようなどちらかと言えばやさしい想いだったのである。



バナナボート

  • 2018.04.09 Monday
  • 02:17

バナナボートって乗ったことある?私はここ数日知り合いに会ってはそんなことを尋ねる。バナナボートに是非とも乗りたい。


ということで昨日友人が海中道路の道の駅あやはしに連れて行ってくれマリンスポーツと描かれた黄色いテントでバナナボートに乗りたいのだと料金等尋ねてくれたがバナナボートというのは結構水の中に落ちがちだがそれでもいいかと尋ねられいいともと私は答えた。


友人曰く今日は水温も低い、後日また良い日を見計らって来ようではないか。私は嬉しかった半面全く心配が無いわけではない。もしももしもなんである。


もしものことがあれば私の3人の娘と夫は母親又は妻はある年沖縄の離島へひとり旅へ出かけ年甲斐もなくバナナボートに乗り帰らぬ人となったと人に語らねばならない訳であるからしてそこは慎重に慎みをはたらかせねばならない。だけどやっぱり乗りたいなバナナボート。

もずくのかき揚げ

  • 2018.04.08 Sunday
  • 06:16

知り合いが琉球藩に詳しい人を紹介してくれた。元大工さんのおじいちゃんである。午後一棟貸しの別棟に宿泊客があるので宿の女主人は忙しく働いていた。私も昼ご飯のレトルトカレーを大急ぎ食べ終え庭の植物に水遣りをした。


別棟には内地から移住してきた在野の学者さんが連泊中。台湾の家族連れ観光客が一泊するので今日だけ他の宿に移ってもらったらしい。その学者さんは明日以降半月ほど滞在するが女主人が私にその人を紹介しないところを見るとたぶん私とは肌の合わない人に違いない。


女主人と私は台湾からの宿泊客を待ちながらもずくのかき揚げ作り。大きめのスプーンに人参、もずく、パクチー、かぼちゃ、キャベツを混ぜたタネをすくっては熱々の油にそっと落としていく。思う感じに揚がらず私が粉を表面にまぶすと女主人はいいアイデアだと褒めてくれいい気分でいたがもろもろ見当識に鈍いところがある私を本当に不器用だねと嘆く女主人なんである。


パリパリ

  • 2018.04.07 Saturday
  • 06:25

那覇空港へ若い友人を迎えに行くという友人の車の助手席に乗せてもらいドライブ。空港で若い友人をピックアップしたのちは那覇の有名な唐揚げ屋さん「からあげ酒場パリパリ」で唐揚げ16個をテイクアウト。各々唐揚げを食べつつの帰路である。パリパリ。パリパリ。ホントパリパリしてて美味しいね。


先月開通したばかりの沖縄西海岸道路を北上。助手席から見る見事な水平線。素晴らしい眺望である。この海岸線の新道は米軍牧港補給地区の沿岸地域一部返還で可能となった画期的な道路なんである。


牧港補給地区のことをキャンプキンザーという。このキンザーというのは大戦の頃の軍の偉い人の名前らしい。キャンプキンザーはあと何年かで牧港から完全撤退をするというニュースをネットで読んだ。


沖縄西海岸道路は那覇から浦添までを走る国道58号の渋滞緩和のため作られたとされているけれどもしも沖縄の古いお年寄りたちがかつての沖縄を懐かしむこと考えているならばこの道路の開通は琉球王国の発祥地である牧港の海岸線から遠く福建省を望む水平線をいつでも見られるというステキなプランの堂々たる実現。まあでももしかしたらそんなことどうでもいいのかもなあ。パリパリ。


ゆいれーるは来年浦添西などの四つの駅を含む沿線開通で沖縄自動車道のなんとかというICと連結をする。ゆいれーる北谷まで伸びればいいのに。唐揚げを貪り食べつつの若い友人が言った。ホントあたしもそう思う。友人は車を飛ばす。新道はいざ牧港大橋を渡る。こうして我々唐揚げ部隊は空へ続くかと思われるピカピカのこの道を前進していくのであります。

たんなふぁくるー

  • 2018.04.06 Friday
  • 07:02

たんなふぁくるーというのは沖縄のお菓子。もう6回沖縄へ来ていて昨日初めてたんなふぁくるーを食べた。昨日夜友人宅で友人の考案した野菜多目のチーズもんじゃ焼きパーティ。これ美味しいね、初めて食べたと私が鞄からたんなふぁくるーを取り出すと今頃?と笑われた。友人曰くたんなふぁくるーはちんすこうくらいに有名な沖縄のお菓子なのだそう。


昨日は朝から島を散策。漁業組合の建物と漁港、海岸をパステルグリーンの海を眺めながらこ綺麗な都市公園の中を突っ切って道路に出た。渡る。今度は島の中程へとジクザク出鱈目に歩く。所々に琉球時代の古民家の空き家。辻を折れるとお弁当屋さんの旗。入る。出汁を掛ける前のカップ入りの沖縄そば弁当。出汁は横にあるウォーターサーバーみたいなところからセルフで注ぐ。すごく惹かれたけどまだ少し歩きたいので断念した。


見たような筋ばかりを右に左に彷徨い続けてすっかり道に迷い商店を見つけて入る。おお、島豆腐がある。そこで見つけたのが丸玉製菓のたんなふぁくるーだった。島豆腐一丁とたんなふぁくるーひと袋で五百二十円。高いな。レシートとか貰えなくて内訳は不明だがたんなふぁくるーって幾らなんだろ。島は物価が高いんだろうか。


すみません、〇〇ってこの道を右ですよね。お金を払いお店の奥さんに尋ねる。奥さんは無言。もしや言葉が通じない?‥‥この道を歩いて行ってね、左だよ、左。奥さんが少しも笑わないでそう言った。こんな小さな島で道に迷う人には生まれて初めて会ったという顔なんである。


午後友人の車で宮城島散策。かつて宮城島は高離島(たかはなりじま)と言った。15世紀グスク時代都落ちした今帰仁王が糸満の方の海を経由して移り住んだ泊グスク跡へは昨日は行かなかったけれど宮城島に島流しにされた近世朝鮮の思想犯平屋敷朝敏の妻の歌碑はすごくわかりやすい場所にあった。展望台では落ちたら危ない場所でヘッドホンでエレキギターの練習をしている黒人の若い男性がいた。よく見るとギターはスタインバーガーではないか。何弾いてんのかな。少し気になるが声を掛けて落ちてしまってもやばいのでそっと通り過ぎることにした。


宮城島の東側の崖からは岩盤&琉球石灰岩層の裂け目から湧き出る湧き水の出る場所が数カ所あり早速友人の道案内で湧き水巡り。水は今では飲めないが農業用水として使われている。グッピーや小さなエビが泳いでいた。沢山見たけどタチチガーが良かったな。名前も可愛いしね。


ガーというのは川のことみたいだが山の中を走っていたらタチチガー、ンズガー、クチャガーはこっちと書かれた派手な看板に遭遇した。なんともカラフル。まるでお菓子御殿。いーなーこういうの。こういうの沖縄だなあ。