ジュリー

  • 2017.09.18 Monday
  • 03:55

 

数日前「男はつらいよ〜花も嵐も寅次郎」を観た。私が長女を妊娠した二十歳のお正月に母と二人ロードショーでこの映画を観た。田中裕子は第49話「寅次郎花へんろ」のマドンナに既に決まっていた。「寅次郎花へんろ」は渥美清が亡くなってしまったから撮影が叶わなかった。「花へんろ」は四国ロケが予定されていた。満男と泉の結婚式当日行方知れずの寅次郎は西田敏行、田中裕子の兄妹と共に四万十川にいる。西田敏行は漁師という設定であったそうだ。

 

 

第29話「花も嵐も」。田中裕子が美しい。この話はまるでタイガースのデビュー曲「僕のマリー」のマリーみたいだ。三郎役の沢田研二の純真。寅次郎の台詞「やっぱ二枚目は良いな」は嘘くさい。寅次郎も思っていたに違いない。沢田研二と田中裕子は息もぴったりの出会っちゃいけない二人だったのである。Google検索したら沢田研二は今年69歳になっていた。YouTubeに「僕のマリー」有るかなあ。

北のドリフ

  • 2017.09.18 Monday
  • 03:15

 

娘のうちで先週先々週チームナックスのDVDを観た。「下荒井兄弟のスプリング、ハズ、カム」と「HONOR」。それぞれ先ず本編を観てから副音声付きを観る。そして娘の副音声はもれなく付く。私も分らないことなどを質問しながら愉しく観る。どっちも良かったけれど「下荒井」の方。森崎長兄のあの寛容と慈愛。よく知らないがあれは森崎という役者さんへの当て書きのようである。森崎さんは普段から包容力と忍耐でチームを牽引しているのだと娘の説明を聞く。そうであればラストで音尾は長兄に泣いて土下座をすべきだった。長兄が先祖代々の土地を売却ののち音尾は網走刑務所に収監。エンドロールでカセットテープの音声。そんな話を娘にしたらナックスはそういうのじゃないと一蹴されてしまった。

 

 

北のドリフ。じゃあ音尾さんは荒井注だ。‥‥‥荒井注とか若い子は知らないんだろうなー。

一人一芸

  • 2017.09.17 Sunday
  • 05:29

 

沖縄の漁業の歴史を調べているのだけれど羽地朝秀(はねじちょうしゅう)(1617ー75)という人に出会った。出会ったとはもちろん本の中でのことだ。羽地朝秀は有名人で沖縄研究者ならば絶対知っているようだ。羽地朝秀を知らないでいた私のこれまでの文章はちょっと詐欺みたいなものだ。

 

 

 

島津支配でやさぐれた琉球に羽地は様々なミラクルをもたらした。さとうきびの栽培促進と黒糖の製法改良。大胆な政教分離による財政改善。政治家羽地の改革のひとつに一人一芸というのがある。少し前に読んだ本で竜門冬二という作家が「羽地朝秀といえば一人一芸」というようなことを書いていた。いやいや同窓会の幹事じゃあるまいし。羽地が提唱した一芸というのは宴会芸とかではなくて当時の資料によればそれは「学文、算勘、筆法、謡、筆道、立花、容職方、医道、唐楽、庖丁、茶道、馬乗」であった。

 

 

 

羽地とは地名である。羽地御殿(はねじうどぅん)は名護市の辺り、彼は大名の坊ちゃんで薩摩藩へ留学。日琉同祖論を展開する歴史書「中山世鑑」(1650年刊)を彼は和文で書いている。そうであれば彼こそが沖縄の漁業を廃れさせたきっかけか。羽地は軟弱で日和見なインドア男子なんではないのか。

 

 

 

島津侵攻で農業型へと移行せざるを得なかった琉球国の男たちは海運商人としてのアイデンティティを失い意気消沈していただろう。一人一芸。失意の自分探し。俺にもなにかできるだろうか。男たちは空を仰いだ。羽地は言うよ。やってみようよ。うまくいかないこと有るかもしれないけど。そんな風にしてここを乗り切ろうよ。

 

 

 

ツレ

  • 2017.09.17 Sunday
  • 03:39

 

昨日土曜日「ツレがうつになりまして」という映画を観た。昭和レトロな平屋の一戸建て。妻が宮あおいっていーなー。夫が言う。何とも非現実、ザ・映画、こういうのを映画っていうんだ。

 

 

 

いつか海外ドラマで観たことが有る。仕事から帰宅すると夫が強盗に刺されて血を流していた。夫は一命を取り留めたが、数日後血で汚れたリビングの絨毯をはがした妻は床下に数冊のパスポート、現金、拳銃を発見する。はたして夫は諜報員だった。これだと「ツレがスパイと分りまして」だ。

 

 

 

最近昼寝のし過ぎで眠れない。真夜中に起きてるとへんなことを考えちゃうよね。

 

 

 

甘味(かんみ)

  • 2017.09.15 Friday
  • 09:26

今日も観てしまった。サボリーマン甘太朗である。新着チェック。まだだった。ではプリンの回をもう一回観ることにする。なんといっても主人公の尾上の演技力。美味しさのあまり白目になるといった小学生の悪ふざけとしか思えない芸風。誰が観ても分る。寄り添ってくる親しみやすさ。歌舞伎の王道を貫いてぶれない。尾上は優れたパフォーマーである。 






部長役の俳優さんがまたすこぶる良い。初回登場時からのインパクトが私の中で全く落ちていない。くだらない。みっともない。こんな上司は面倒くさい。演じるってこういうこと。とにかく今日はプリン。食べるよ!

茶碗蒸し

  • 2017.09.15 Friday
  • 07:48




茶碗蒸しを毎日作る。玉子1個で茶碗蒸し2人前である。今日はなめこの茶碗蒸し。今後蒲鉾や蟹、鱈、カキなど素材を試したい。伊藤はどうなったのか。明治4年モレルの提案通り工部大学校無事創設の運びとなる。その頃岩倉使節団の一員として来英中の伊藤はイギリス密航時の恩人マセソンと再会。ダイアーというスコットランド人エンジニアを紹介された。伊藤博文32歳ダイアー25歳であった。




ダイアーは日本への船旅の間このカレッジの年間カレンダー草案作りに没頭した。都検という。ダイアーは工部省管轄工部大学校の初代教頭(実質は校長である)となるのだがその当時教頭のことを都検と呼んだ。読み方は「とけん」でいいのかなあ。そして学校のトップは校長ではなく教頭。たしかに教頭は教えるの頭(かしら)と書くよね。




工部大学校は当初学生の学費その他経費全てを官費で賄った。「工部に奉職する工業士官を教育する学校也」とし卒業後は工部省への奉職が義務付けられた。18世紀末のパリのエコール・ポリテクニクは国防省の管轄。伊藤とダイアーはまだ地球上の何処にも存在していなかったシビリアン・コントロールの国家を夢見た。シビリアン・コントロールとはざっくり言えばカリスマの個人でも貴族たち王族特権階級でもない、立場の弱い市民の組織が国家を運営すること、その組織が一国の軍隊までをも制御するというようなことである。




そうしてダイアーは工部省管轄工部大学校を通して幾人ものシビル・エンジニアを生み出した。エンジニアと言うと油にまみれた工員というイメージだがシビル・エンジニアは技能はもちろんのこと工学力学サイエンスを駆使して素材を自在にデザインしモノを作り出すクリエイターのことなんである。それは線路や道路、電信柱や駅舎といった国のインフラに直接関わる生活を支えるものづくりであった。




ダイアーは1904年の著書「大日本」の中でそんなことを沢山書いているようである。是非とも読みたい。しかし日々の茶碗蒸しも大切である。茶碗蒸しはいわゆるひとつのシビル・エンジニアリングだと。いや違うと。伊藤が何か言いたそうだと。

冬瓜

  • 2017.09.14 Thursday
  • 05:07



冬瓜を炊いた。丸ごと一個を全て切り分け蒸して加熱。冬瓜は加熱すると半透明になる。蒸し器からジップロックコンテナに移す。ほんのり緑色。翡翠色。熱い冬瓜と酒蒸しして裂いた鶏ムネ肉を鰹出汁と昆布出汁の二番出汁で五分ほど炊いた。醤油を垂らす。花鰹と刻んだ茗荷で盛り付けた。




翌日は牛すじ肉を柔らかく煮込んだスープに冬瓜と短冊切りの椎茸を投入。濃口醤油で見た目濃い目に仕上げた。琥珀色の牛すじと冬瓜煮込みを熱々のずり出しうどんに掛ける。これは何風?粉唐辛子が似合いそう。

鉄道

  • 2017.09.14 Thursday
  • 04:29




明治4年伊藤博文は工部省を立ち上げる。鉄道、鉱山、製鉄、電信、灯台、造船。鉄道は黒字が見込まれた。工部省には準備金と呼ばれる諸々資金の他に公債金が自転車操業宜しく充てられた。この頃の伊藤は大蔵省民部省造幣局をざっくりと掛け持ちだった。この小さな男は諦めなかった。当時の伊藤は工部卿としての身分に不足があり伊藤が工部卿として工部省に赴任したのは明治6〜11年。



かつて淡路島には島の東西を横切る鉄道の路線があった。いったい何を運んでいたのだろう。沖縄にもその昔鉄道があった。那覇から与那原、嘉手納、そして糸満へ三路線。昭和58年南大東島の鉄道は廃線となった。明治中期無人島であった南大東島に人々は移り住んだ。島のあちこちで人々はサトウキビを栽培した。線路は島中を隈なく巡りサトウキビを回収した。南大東島の蒸気機関車はシュガートレインと呼ばれた。




工部省が動き出し様々な理由で鉄道その他は民間事業化が進んだ。明治18年工部省の廃止。工部省時代の収益は全て横流しの無きよう大蔵省へ納められていたという最近の論文を今日はひたすら読んでいたがとにかく記録が詳細なんである。ホント伊藤ったら几帳面。

黄金比

  • 2017.09.12 Tuesday
  • 04:26



「ボトルドリーム」というカリフォルニアワインの映画を観た。原作は実話で1976年パリの品評会でじっさいにナパ産の白ワインが一位を受賞し、のちにナパ産は赤ワインもフランス産に勝る味わいで人々を驚かせる。劇中ナパのワイナリーで醸造部門を仕切っていたのは背の低いメキシコ人のひとりの若者だったがそれも史実に基づいているという。




その若者は酒場でワインをひとくち頬張るとその品種と産地を言い当てることが出来た。彼がオーナーに隠れてワインを自作しワイナリーを解雇されてしまうシーン。手の中に入るほどの大きさのガラスのコップに注がれたその濃い赤色をひとくち頬張った、彼の親友でもあるオーナーの息子は眼を見張り黙り込んだ。



昨日生まれて初めて茶碗蒸しを作った。茶碗蒸しの黄金比は卵1個に対して出汁150ml。茶碗蒸しってスーパーで買うものだと思っていた私は大満足だ。きっとワインにも黄金比があるに違いない。土のphと葡萄の品種、日光。昨日は日本酒を少し。日本酒も言わば米のワイン。常温をコップ呑みなんである。

鯖の姿寿司

  • 2017.09.11 Monday
  • 07:56



駅弁女子を有るだけ見てしまった。それでもう一度初めから見ている。広島県福山市鞆の浦。'とものうら'と読む。江戸時代に栄えた鞆港。北前船やオランダ商船が寄港した。岡山からは瀬戸大橋で高知へ。窪川で土佐くろしお鉄道に乗る。ここまでをひと息で観る訳である




ぽっちゃりめのなんとも言えず健康美人な三宅智子。彼女は美味しいが過ぎる時寡黙になってしまうという欠点がある。そんな時に流れるBGMが2種類。パッヘルベルのカノンとチャイコフスキーくるみ割り人形・花のワルツ。唐突に気品溢れる駅弁女子三宅智子がまた良い。




鯖の姿寿司は高知の皿鉢(さわち)料理。皿鉢とはお祝いごとなどがある時のご馳走。三宅は高知市内の安藤商店と土佐くろしお鉄道の中村駅の二箇所でこの鯖の姿寿司を買っていた。安藤商店の鯖の姿寿司は竹皮で包まれており中村駅の木箱入りより少し安価。いやはや初めて見る鯖の姿寿司圧巻である。




高知出身の友人に尋ねたところ鯖の姿寿司は炙って食べるともっと旨いらしい。酢で〆た鯖の寿司を火鉢で焼いて食べると言う。特大の鯖1匹をそのままあつらえた姿寿司を三宅は特急内でなんてことない風に完食したが「ちょっとお腹がいっぱいですね‥‥」。大食いお姫様ギブアップのワンシーンを見た。

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